スーパーいわちゃんねる!

人類総岩崎化を目論む平成元年生まれの岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて発信中。

誕生日に転職先が決まってから結構大変だった話

 このシリーズは、平成最後の秋から初冬にかけて色々あって大変だった私・岩崎の激動の約3ヶ月間を記録したものである。 

 

 当初の記事で挙げた項目で、やっと半分まで語った。

 

iwama03.hatenablog.jp

 

 次は

 

→誕生日が来る

→転職先が決まり、退職を1ヶ月早める

→引き継ぎを2週間で済ませる&上司らが年末の繁忙期を乗り越えられるよう走り回る

 

 だが、この3項目はほぼ同日に起こり、連動して進んだ。

 

 

 11月の真ん中あたり、茨城県民の日が私の誕生日である。

 (※何の恩恵も受けない宮城県民)

 

 茨城のみなさん、近所のスーパーででいつも茨城県産の野菜を買ってますよ。サツマイモと白菜、おいしいですよね。食を支えてくれてありがとう…。

 

 正真正銘のアラサ―になってしまったことから現実逃避するため、そんなことを思いながら仕事をしていたら、某所から「(派遣だが)応募していた企業から内定が出た」と連絡が来た。

 まさかのバースデーサプライズ

 

 さっそく所属長に報告し、11月末での退職手続きを取ってもらうことに。

 急な話の上に繁忙期直前での申し出だったが、快く応じてもらえたことに感謝している。本社はちょっとアレだが、事業所ベースでは一部を除いて本当によくしてもらった。もうちょっと長く勤めて勉強させてもらいたかったなぁ。

 

 そこからが大変だった。

 

 人手が1人減るということは、その分の負担が多忙を極める上司たちに降りかかる。

 当時は所属長はもちろん、「大阪から送り込まれた勤続25年のターミネーター」と勝手に呼んでいる直属の上司ですら、ウルトラマンで言うところのカラータイマーが点滅している状態だった。

 

 残り2週間、雑務の一切を引き受けた。引き継ぎも駆け足でやった。

 死ぬほどではなかったが、なかなか充実した時間を過ごした。

 

 11月末日、バッタバタの中で退職の日を迎えた。

 

 上司たちが有志で送別会を開いてくれたが、その場で「もし、人手がやっぱり足りなくなって『戻ってこい』と言われても戻りませんよと伝えた。

 

 自分をフッた男がまた声をかけてきても、ホイホイ付いていくほどの阿婆擦れ(あばずれ)にはならない。

 

 と、自分に言い聞かせた。

 

 (でもつながりは残しておくことにした)

 

 その決意を形にするため、送別会後にある場所へと向かった。

 

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